【完結】『成瀬は都を駆け抜ける』書評|さよなら、成瀬あかり。最高の青春に「ありがとう」を告げる日

あなたは覚えているでしょうか。かつて「島崎、わたしはこの夏を西武に捧げようと思う」と高らかに宣言し、私たちの心を一瞬で奪っていった少女のことを。 滋賀県大津市が生んだ稀代のヒロイン、成瀬あかり。 彼女の予測不能な行動に笑い、その真っ直ぐな瞳にいつしか自分自身の背中を押されていた読者も多いはずです。 シリーズ累計200万部を突破し、社会現象にまでなった「成瀬シリーズ」。その最終章となる『成瀬は都を駆け抜ける』がついに刊行されました。 読み終えた今、私の胸にあるのは、爽快な風が吹き抜けたような心地よさと、少しばかりの切なさです。これは単なる続編ではありません。一人の少女が大人への階段を上り、私たちが彼女を見送るための、極上の「卒業式」なのです。 今回は、ネタバレを極力封印しつつ、この完結編がいかに心を揺さぶる傑作であるか、その魅力を語り尽くしたいと思います。

『成瀬は都を駆け抜ける』

『成瀬は都を駆け抜ける』とは? 作品情報とあらすじ

  • 著者:宮島未奈
  • 出版社:新潮社
  • 発売日:2025年12月1日
  • ジャンル:青春小説/連作短編集

膳所から、千年の都・京都へ

前作『成瀬は信じた道をいく』を経て、我らが成瀬あかりは滋賀県立膳所高校を卒業。晴れて**京都大学の学生**となりました。 物語の舞台は、彼女の庭であった大津から、千年の都・京都へ。「京都を極める」という壮大な(そして相変わらず漠然とした)目標を掲げ、成瀬は新たなフィールドを駆け巡ります。

本作は以下の6篇からなる連作短編集です。

  • やすらぎハムエッグ:一世一代の恋に破れた同級生男子の再生譚
  • 実家が北白川:謎多き文学サークル「達磨研究会」と成瀬の遭遇
  • ぼきののか:炎上した「簿記YouTuber」と成瀬の意外な接点
  • そういう子なので:ついに描かれる、母・美貴子から見た「娘・成瀬」
  • 親愛なるあなたへ:かつて競技かるたで出会った「彼」との文通
  • 琵琶湖の水は絶えずして:離れて暮らす島崎みゆきと成瀬、二人の現在地

新しい仲間たちと、かつての仲間たちが交錯しながら、物語は静かに、しかし熱量を持って大団円へと加速していきます。

心に響いた3つの魅力(見どころ)

  • 1. 「京都」という異界に挑む、変わらぬ成瀬の姿 滋賀を愛し、滋賀に愛された成瀬が、あえて「京都」という強力な磁場を持つ土地に挑む構造が秀逸です。 「実家が北白川」や「ぼきののか」では、プライドの高い京都の文化や、一癖も二癖もある京大生たちの中に放り込まれますが、成瀬は決して自分を見失いません。むしろ、その異質さが周囲の「常識」を揺さぶり、化学反応を起こしていく様は痛快そのもの。 「郷に入っては郷に従え」ではなく、「郷に入っても成瀬は成瀬」。 環境が変わってもブレない彼女の生き様は、春から新生活を始めるすべての人に勇気を与えてくれます。
  • 2. 母・美貴子の視点で描かれる『そういう子なので』 個人的に最も心を揺さぶられたのが、第4話の『そういう子なので』です。 これまで私たちは、友人や周囲の人々の目を通して「スーパーヒーローとしての成瀬」を見てきました。しかし、母親から見た彼女は、愛おしくも理解しがたい、ただの「我が子」です。 **「独特な子を持つ親の葛藤」と、それを丸ごと受け止める母の静かな覚悟。 コミカルな展開の中にふと差し込まれる親子の情愛に、思わず目頭が熱くなりました。成瀬あかりという人間が、いかに愛されて育ったかがわかる名編です。
  • 3. 島崎みゆきとの「距離」が育む、最強の絆 成瀬シリーズを語る上で欠かせない相棒、島崎みゆき。 東京と京都。物理的な距離が離れたことで、二人の関係はどうなるのか? 読者の最大の懸念事項でしょう。 最終話『琵琶湖の水は絶えずして』で、その答えが示されます。心配は無用でした。離れているからこそ浮き彫りになる、互いへの信頼。 物語の終盤、ある出来事をきっかけに二人の想いが交錯するシーンは、シリーズ最高のカタルシスをもたらします。 「ゼゼカラ」は永遠である。 そう確信させてくれるラストシーンは、青春小説の金字塔として長く語り継がれるでしょう。

個人的に刺さったセリフ・名言

「京都を極める」

あえてシンプルですが、この言葉こそが本作の推進力です。 京都観光をするわけでも、学問に没頭するわけでもなく、「極める」。 この定義の曖昧さがいかにも成瀬らしく、そして彼女なら本当に何かを「極めて」しまうのではないかと思わせる説得力があります。 私たちが大人になるにつれて捨ててしまった「根拠のない万能感」を、成瀬はずっと持ち続けている。その言葉の強さに、眩しさを感じずにはいられません。

この本をおすすめしたい人

  • シリーズを追いかけてきたすべての人:義務です。この完結を見届けずに年は越せません。
  • 環境の変化に戸惑っている人:新天地でも自分らしくあればいい、と背中を押してもらえます。
  • かつて何かに夢中だった大人たち:読み終わった後、昔の友人に連絡を取りたくなるはずです。

読後感・まとめ

読み終わった直後の正直な感想は「成瀬、ありがとう」でした。 ページを閉じるのが惜しい。もっと彼女を見ていたい。 そんな「成瀬ロス」を感じると同時に、不思議と清々しい気持ちになれるのは、彼女がこれからも世界のどこかで、我が道を突き進んでいく未来がありありと想像できるからでしょう。 『成瀬は都を駆け抜ける』は、シリーズの完結編であると同時に、成瀬あかりという傑物が、私たちの手を離れて「伝説」になる瞬間の記録でもあります。 まだ読んでいない方は、ぜひハンカチを用意して、彼女の最後の「膳所(ぜぜ)魂」を目撃してください。 最高のハッピーエンドが、あなたを待っています。

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